鳥海山(東北旅行3日目)
前々から鳥海山に登りたいなあと思いつつ、なかなか機会が無かったが、東北に一人で来たついでと、鳥海山へと登ることにした。とはいえ、長女が今回の旅行へは行かないと決めた夜、旅行直前に決めたから、たいして下調べも無く、もっとも遠野から近そうな百宅口から登ることにした。
2007年9月25日

昨夜は道の駅「清水の里・鳥海郷」に車中泊。天気予報は、曇り時々雨のち晴れということで、ちょっと心配だが回復基調なので登ることにした。本当は天気の回復を待って行動したいところだが、本日中に帰宅しなければならないので、のんびりもしていられない。

百宅の集落を過ぎると、道は細いダートの道になる。登山口まで延々13kmのダートは、かなり不安になるが、道は良く整備されておりゆっくり走れば問題ない。

登山口の大清水には、広い駐車場と綺麗な避難小屋、山荘、キャンプ場があったが、車はなく、他に登山客は一人もいないようだ。綺麗な水洗トイレで準備を済ませ、7:35登山開始。

最初は見事なぶなの巨木が広がる美しい森を進む。がしかしあたりは獣の匂いが非常に濃く漂う。熊の臭いか?と少し心配になるが、熊よけのベルは持参してきていない。仕方ないので手持ちのストックで音を立てながら登ることにした。後にWEBで知るのだが、今年6月には鳥海山麓で、男性が熊に襲われ死亡するという事故がおきていた(恐)。

まあそんなこを気にしながらも順調に高度を稼ぐ。幸い天気は回復基調で、晴れ間も見え始めた。屏風岩を過ぎ、唐獅子平避難小屋に着くと、展望は一気に広がり、鳥海山も山頂まで見渡すことができる。

このあたりまで来ると、あたりは草紅葉、木々も色付きはじめ秋様相。風も強く急激に気温も下がり、こちらも秋模様。避難小屋を覗いたらかなり綺麗で、ここに一泊するのも楽しいだろう。ちなみに唐獅子とは写真にあるような、岩が唐獅子に見えるということらしい。

ここからは風が強く、のんびりもしてられないのでさっさと登る。道の傾斜は多少きつくなるものの、基本的には緩やかな草原の道を登る。もう少し時期が早ければ、一帯高山植物のお花畑で綺麗なことだろうが、今は草紅葉。ただリンドウは多く、目を楽しませてくれる。

そうこうしているうちに稜線に出たら、いきなり猛烈な風。海からの風で雲が湧き上がり西方面の視界ゼロ。体感温度も一気に急降下で非常に寒い。とにかく強風でバランスを崩さないよう慎重に歩いて、10:30 なんとか七高山(2229m)までたどり着く。

せっかく着いた山頂ですが、あまりに寒いので、簡単にエネルギーチャージゼリーだけ食べて下山開始。下りになったら雲がさらに広がり、視界が悪い。稜線から下りると強風も少しはおさまり、一息つける。しかし海側からの強風と雲の様子では、東側の百宅口から登って正解だったようだ。東側は幸い雲で視界がさえぎられることは無かった。

昨日同じように下りはストックに体重を分散させながら、ゆっくり下る。鳥海山山麓の大展望とリンドウや草紅葉を楽しみながら、13:00 大清水到着。結局今日は登山中誰一人会うことがなかった。いくら平日とはいえ、百名山で誰一人会わないとは初めてだ。まあおかげで静かな山旅を満喫することができたのだが。

さてのんびりしてもいられない。大清水で間単に帰り支度をした後、帰路につく。しかし、鳥海山からは簡単に高速道路に乗ることができず、高速道路に乗るまでだけで結構疲れる。山形盆地を縦断して、東根ICで高速に乗るものの、家までまだ350km。ここから家まで遠かった〜。

参考タイム
大清水(7:35) - 唐獅子平(9:10-9:25) - 七高山(10:30-10:40)
- 唐獅子平(11:45-11:50) - 大清水(13:10)

鳥海山から山形盆地を通過する途中、途中金山町に寄ってきた。
ここは観光地としては、ほとんど知られていないが、昔ながらの町の景観を維持しようと、「街並み(景観)づくり100年運動」という活動を町ぐるみで行っている。古い景観をそのまま維持しようという町は、いくつかあるが、ここは新しい家も景観を維持するために、金山型住宅を推奨し、町ぐるみ美しい景観を維持しようと活動している稀有な存在。
常々美しい景観を求め、無秩序で貧相な街並みを嘆いている私としては、興味津々ぜひ見ておかなければ。時間は1時間あまりと短かったが、その活動には敬服させられた。
けっして歴史的に古いものではないが、その統一された景観はやはり美しい。
こんな活動が全国に広がったら、日本も本当に美しい国になるんでしょうが。

金山の街並み。
写真上(左右) 長屋門前の街並み。
写真下の左はモータース、右は信用金庫。おしゃれですねえ。

写真上(左右)、農業用水路「大堰」の散歩道。水路には鯉が放流されていて、散歩するには気持いい場所。
写真下左、ギャラリーの回廊、写真右は普通のお宅、でもいい感じ。

金山型住宅を新築すると最大50万円の補助がでるらしいです。実際どれぐらいの家が金山型住宅にしているか、興味深々だったのですが、だいたい 3〜4割、それふうな住宅でした。一般的に時が経つほど、昔の風情が失われていくものですが、この町は時が経つほど昔の風情がよみがえってくるのでは? 10年後、20年後が楽しみな町です。

この町の明治初期を記述したという、英国人女性イサベラ・バード著、「日本奥地紀行」を早速アマゾンで注文してしまいました。